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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3787号 判決 1963年6月26日

判   決

福島県会津若松市屋敷町二六番地

原告

三星八男

同所

原告

三星八江

同所

原告

三星喜美代

同所

右三名法定代理人

兼原告

三星ノブヲ

右四名訴訟代理人弁護士

河鰭彦治郎

浦田乾道

東京都千代田区大手町一丁目四番地

被告

日本通運株式会社

右代表者代表取締役

金丸冨夫

右訴訟代理人弁護士

山崎一夫

右当事者間の損害賠償請求事件について、つぎのとおり判決する。

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は「被告は原告三星八男、同三星八江に対し各金一五〇万円、原告喜美代に対し金一二〇万円、原告三星ノブヲに対し金二八〇万円及びいづれも右各金員に対する昭和三四年五月二一日より支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、訴外亡三星喜八は、昭和三四年二月九日午後三時一五分頃、足踏二輪自転車を運転して福島県会津若松市一箕町大字八幡字村西二〇〇番地附近国道(通称滝沢街道又は八幡通り、右一箕町所在石ケ森風間鉱山から国鉄会津若松駅に通じる道路)を進行中、右国道から進行して来た訴外鈴木和義の運転する普通貨物自動車(ダンプ車、福島一あ〇七七八号、車長約六・三六米、車幅約二・二六米、以下「加害車」という)に退突轢過され、両側性坐骨々折、趾骨結合離開、外陰部負傷等の傷害を負い、同日午後七時一五分頃同市内竹田綜合病院において右開放性骨盤骨折に起因するショツクにより死亡した。

二、被告会社は、加害車を自己の運送事業のため運行の用に供するものであつて、鈴木は、被告会社に雇われ加害者の運転に従事する者であるが、本件事故は、鈴木が被告会社の貨物(鉱石)運送事業のため加害車を運転中惹起させたものであるから、被告会社は、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という)

第三条本文の規定にもとづき本件事故によつて生じた喜八の生命侵害による損害を賠償すべき義務がある。

三、喜八及び原告等が本件事故によつて受けた損害は、つぎのとおりである。

1(喜八の、得べかりし利益の喪失による損害)

(一)  喜八は、昭和二九年頃より薪炭小売商を営み、死亡当時年間金五一万円を下らない収益を挙げていた。同人の年間生活費は金一二万円に満たない程度であつたから同人の得べかりし年間純益は金三九万円となる。

(二)  同人は、昭和二年七月七日生の死亡当時満三一歳余の健康な男子であつて、厚生大臣官房統計調査部刊行の生命表に照らせば、同人の残存推定余命年数は三七年を下らないから右年間純益の割合によつて将来三七年間の得べかりし利益を算定すると金一、四四三万円となる。これをホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を控除し死亡当時の一時払額に換算すると金八〇四万三、九三三円となる。

(三)  原告ノブヲは喜八の妻、その他の原告等は子であるが(原告喜美代は本件事故当時原告ノブヲが懐胎中の子であつたが昭和三四年五月八日出生した)、原告等は、それぞれ各自の相続分に従つて右喜八の、得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続し、原告ノブヲは右請求権の内金二六八万一、三一一円、その他の原告等は同各金一七八万七、五四〇円を取得した。

2(原告等の慰藉料)

原告ノブヲは、昭和二九年四月喜八と婚姻し同人との間に原告八男ら三名の子女をもうけたが婚姻後五年を経ずして不測の事故によつて喜八を失い寡婦となり三名の子女を養育して現在に及んでいる。原告ノブヲが喜八の死亡によつて甚大な精神的苦痛を受けたことは言を俟たないし将来の辛酸のほども充分予想される。その他の原告等も幼少にして父を失い、現在及び将来に亘つての精神的苦痛は大であるといえる。原告ノブヲに対する慰藉料は金七〇万円、原告八男、同八江に対する慰藉料は各金四〇万円が相当である(原告喜美代の慰藉料は請求しない。)

四、被告会社に対し、原告ノブヲは右相続によつて取得した損害金二六八万一、三一一円及び慰藉料金七〇万円の合計金三三八万一、三一一円の内金二八〇万円、原告八男、同八江はそれぞれ、右相続によつて取得した各損害金一七八万七、五四〇円及び各慰藉料金四〇万円の各合計金二一八万七、五四〇円の内各金一五〇万円、原告喜美代は右相続によつて取得した損害金一七八万七、五四〇円の内金一二〇万円及びいづれも右各内金に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三四年五月二一日より支払済に至るまでの民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と陳述し、

第二抗弁(免責要件事実の主張)事実に対する答弁として

右抗弁事実を否認する。すなわち、

1  本件事故当時、喜八は、自転車を運転して本件事故現場附近の前記国道を進行していたが、右国道の南側(進行方向左側)部分一帯は、国道沿いの人家の蔭となつて残雪が多く、特に本件事故現場附近においては可成の残雪があつて道路中央部分に及んでいたし右残雪の箇所板橋八郎方土塀前に数名の児童が遊んでいたのでこれを避けて、道路の中央部分を進行していた。

2  鈴木は、当時、鉱石約五屯を積載した加害車を運転し石ケ森風間鉱山から国鉄会津若松駅に向つて時速約五六粁の速度で進行し本件事故現場に差し蒐り、喜八の自転車の後方から道路中央やや南側(進行方向左側)寄りの部分を進行していた。

3  鈴木がそのまま進行を続け喜八の自転車の左側を退い越すときは、喜八の自転車と児童が約三米の間隔でほぼ相並ぶ状態にあつたので車長約六・三六米、車幅約二・二六米の加害車が右約三米の間を通り抜けることとなり、鈴木が児童との接触を避けようとすれば、いきおい、喜八の自転車と接触し事故が発生する危険が極めて高い状況であり、かかる危険は何人にも予想され得た。

4  鈴木としては、右危険を考慮しただちに徐行し警笛を吹鳴して追越の合図をし、更に追越の際の間隔保持等に充分注意を払い安全な方法で進行し事故の発生を回避しなければならなかつた。

5  しかるに、鈴木は、かかる措置をとることなく無事喜八の自転車の左側を追い越せるものと考え、漫然同一速度で進行し右自転車の左側を追い越そうとしたが、左側路上で遊んでいた児童との接触の危険のみに注意を奪われて前記注意義務を怠り喜八の自転車の左側を進行する際、加害者の運転台の右側扉を右自転車の左把手に接触させ喜八を轢過したのである。

と陳述し

第三仮定抗弁(和解成立の主張)事実に対する答弁として

右抗弁事実中原告等が被告より金一五万円の支払を受けたことは認めるが和解が成立したことは否認する。すなわち、昭和三四年一二月一二日頃、原告等の代理人訴外三星徳丸、同渡部力と被告会社会津若松支店長鈴木卯兵衛、同支店事故係笠原勇との間に、本件事故による損害賠償の和解案として(1)被告は原告等に対し金一五万円(但し、内金五万円は香奠、内金一〇万円は見舞金)を支払うこと(2)会津若松支店及びその従業員が使用する木炭年間二、〇〇〇俵を右支店が運搬一切を引き受け原告ノブヲから買い入れることの話し合いがあつて、原告等代理人等は、このような内容で和解が可能であるならばこれに応じる意向であつた。原告等代理人等は、右支店長が和解成立を容易ならしめるため取り敢えず右金員の提供を申し出でたので、後日、木炭売買取引の細目を協議することとし、右金員提供の趣旨を了承して右金員を受領した次第である。しかるに、その直後、原告等代理人等が右支店長等に対し木炭売買取引の細目を取り決めるため交渉を申し出でたところ、右取引を和解の内容とすることを拒絶した。従つて、被告主張の和解は成立するに至つてない。

と陳述し、

第四仮定再抗弁として

一、仮りに、被告との間に和解が成立したとしても会津若松支店長等は、木炭売買取引の意思がなく、仮令その意思があたとしてもこれを和解の内容とする意思がなく右支店の好意によつて取引に応じるにすぎない意思であつたにも拘らずこれを明示せず、却つて、原告等代理人等に対し、恰も、右支店が契約上の義務として木炭売買取引に応ずるものであるかの如き口吻を示したので、原告等代理人等は、木炭売買取引が和解の内容とされるものであつて、右支店が契約上の義務として取引に応じるものと誤信して、同支店長等より金一五万円を受領した次第である。木炭売買取引が和解の内容となるか否か、すなわち、右支店が和解にもとづいて契約上の義務として右取引に応ずるものであるか否かは、右和解の重要な要素であつたから、原告等代理人等は、右支店長等の真意が前記のとおりであることを知つていたならば、到底、和解に応じなかつたのであるが、これについて錯誤があつたため右和解を成立せしめたものである。従つて、右和解は、要素の錯誤があるものとして無効である。

二、仮りに、右理由によつては無効とならないとしても、右和解は、信義誠実の原則に反するものとして無効である。すなわち、会津若松支店長等は、原告等及び近親者等が不測の災禍を受けて茫然自失の状態から抜けきらぬ葬儀の翌日に原告等代理人等を右支店に招いて和解の提案をしたが、原告等代理人等は、右のような状態にあつたうえ、一介の炭焼き業者、石油小売販売業者であつたから土地の名士と目される右支店長等と到底対等の折衝ができなかつた。右支支店長等は、被告に有利な条件で和解を成立させることのみに腐心し、示談金一五万円を支払うことを提案するかたわら、原告等の将来の生活問題に触れ、木炭売買取引によつて原告等の生活を保障するかの如き口吻で巧みに和解交渉をおしすすめ、原告等代理人等をして前記のとおり誤解せしめて和解を成立させたものである。若し、和解が被告主張の内容にすぎないものであるならば、原告等は和解によつて金一五万円の賠償を得るにとどまり、かくては、原告等の将来の生活について何等の保障がないと同様の結果となり、和解は原告等にとつてまことに苛酷な内容のものといわねばならない。右和解は、会津若松支店長等が正当な損害賠償義務を回避する意図で、原告等代理人等の無知窮迫に乗じ公平と正義に反して成立せしめられたものであるから信義誠実の原則に反する無効のものである。

と陳述した。

被告は、主文同旨の判決を求め

第一  請求原因に対する答弁として

一、請求原因第一項の事実中訴外三星喜八が死亡したこと、本件事故当時鈴木和義が加害車を運転し本件事故現場国道を進行していたことは認めるが、加害車が喜八の自転車に追突し同人を轢過したこと及び同人の死亡原因を否認する。その余の事実は不知。喜八は、後記のとおり飲酒酩酊に基因する心臓機能障害等により死亡したものである。

二、同第二項の事実中被告会社に損害賠償義務があるとの主張を除いてその余の事実は認める。但し、原告等は、本件請求合計金七〇〇万円全額について、自賠法第三条本文の規定にもとづくものであると主張するが、同規定は同法及び同法施行令によつて定められる賠償の最高限度(本件事故当時、死亡について金三〇万円)以上の損害賠償の請求については適用がなく、右請求については民法の不法行為に関する規定によらねばならない。自賠法第四条、第一三条、第一六、一七条、同法施行令第二条、第五条の各規定に同法制定の経緯を総合し、自動車以外の他の交通機関による事故とを比較権衡して解釈すれば、右最高限度額以上の損害については同法所定の無過失責任に近い責任は及ばないものと解するのが妥当である。

三、同第三項の事実中喜八及び原告等の身分関係及び各年令喜八と原告ノブヲが婚姻した日、喜八の余命年数がいづれも原告等主張のとおりであることは認めるがその余の事実は不知。

と陳述し

第二  抗弁(免責要件事実の主張)として

一、被告会社及び鈴木は加害車の運行に関し注意を怠らなかつた。

(1) 被告会社は、鈴木の選任監督について相当の注意を尽していた。

(2) 鈴木に加害車の運転について何等の過失がなかつた。

二、本件事故は被害者喜八の過失により惹起されたものである。すなわち、喜八は左眼を失明していたから常時自転車の運転等にも不自由があつた。本件事故当時、喜八は、顧客先の訴外斎藤清光方において旧正月の祝酒をふるまわれ酩酊状態で自転車を運転し本件事故現場附近を進行していた。加害者が右自転車の左側を無事追い越したところ、そのとき、喜八は、左眼失明による不自由と酩酊のため自己の体勢を調整する能力を失い自らコンクリート舗装の路上に転倒し腰部を強打し骨盤骨折等の傷害を受けたものである。なお、同人の死亡は、右傷害が原因となつたものではなくて、飲酒酩酊に基因する心臓機能障害等によるものである。

三、本件自動車には本件事故を起した時、構造上の欠陥も機能障碍もなかつた。したがつて被告は本件事故による損害について賠償義務を負うものではない。

第三  仮定抗弁(和解成立の主張)として

仮りに、被告会社に本件事故による損害賠償義務があるとしても、原告等及び被告会社間に、昭和三四年二月一二日、原告等近親者等の立会を得たうえ、被告会社が原告等に対し自動車損害賠償保険金以外に本件事故による損害賠償として金一五万円を支払い、原告等は被告会社に対し、他に何等の請求をしないとの内容で和解が成立し、被告会社は即日原告等に対し右金一五万円を支払つた。従つて、原告等には被告会社に対し本件事故による損害賠償請求権がない。

と陳述し、原告等の仮定再抗弁一、二の事実を否認した。

(立証)<省略>

理由

一、請求原因第一項の事実中訴外三星喜八が死亡したこと及び本件事故当時、訴外鈴木和義が加害車を運転し本件事故現場附近の国道を進行していたことは当事者間に争がなく、右事実を除く請求原因第一項の事実(本件事故の発生)は、<証拠―省略>によつてこれを認めることができ、他に反対の証拠はない。

二、同第二項の事実は当事者間に争がない。従つて、被告は、自賠法第三条但書に規定される免責要件事実を立証しない限り同条本文の規定によつて本件事故によつて生じた喜八の生命侵害による損害を賠償すべき義務がある。被告は、自賠法第三条の規定は、同法によつて定められる賠償額(本件事故当時死亡について最高額金三〇万円)を超える損害の賠償については適用がない旨主張するけれども、右規定は、損害賠償の範囲を何等制限していないし、他に、損害賠償の範囲を定めた特別の規定は存在しない。原告等が挙示する同法第一三条及び同法施行令第二条の各規定は、自動車の保有者に同法第三条本文の規定にもとづく損害賠償責任が発生した場合に、保有者の賠償能力を確保する措置として新設された自動車損害賠償責任保険契約によつて保険会社が保有者(保険契約者)に対し、右損害を填補するために支払う保険金の限度を定めたものであるにとどまり、自動車運行供用者の損害賠償義務につき同法第三条本文の規定の適用を制限することまでを定めたものと解することはできない。又、同法第一六条の規定は、被害者が右保険金額の限度において、保険会社に対し直接損害賠償を請求することができることを定めたにとどまるし、第一七条の規定も、保険会社に対しやはり保険金額の限度において右損害賠償の仮渡金を請求することができることを定めたにとどまり、いづれも、自動車運行供用者の損害賠償義務につき自賠法第三条本文の規定の適用を制限する規定であると解することができない。この点に関する被告の主張は失当であるといわねばならない。

三、そこで、被告の抗弁(自賠法第三条但書に規定される免責要件事実の主張)について判断する。<証拠―省略>を総合すればつぎの事実を認めることができる。すなわち、

1  喜八が本件事故当日午前一〇時三〇分頃、福島県会津若松市一箕町八幡字中ケ墓二、二八九番地訴外斎藤清光方に木炭一俵を配達し、同家のふるまい酒約三合と自分が買い足した清酒一升を斎藤とともに約三合を残して飲酒し、午後三時頃、同家を辞去し足踏二輪自転車を運転して帰途に就き、本件事故現場の前記国道(幅員約八米)を進行し、本件事故当時、右国道の北側(進行方向右側)部分から斜に道路中央部分に出て来て、以後、ほぼ、被告の抗弁に対する原告等の答弁1記載のとおりの状況で道路中央部分を直進していたこと。

2  鈴木が当時加害車を運転して、速度の点を除き右同2記載のとおりの状況で喜八の自転車の後方から道路中央、やや南側(進行方向左側)寄りの部分を進行していたこと及び当時の加害車の速度が時速約二〇粁であつたこと。

3  鈴木が前方約一二米の地点に、前記のとおり自転車を運転して直進する喜八を認めるとともに前記(被告の抗弁に対する原告の答弁1記載)のとおり残雪の上で遊んでいる数名の児童を認めたこと。

4  当時、喜八の自転車と右児童等とは、道路の南側部分において、約三米の間隔をおいてほぼ並行する状況であつたこと(児童等が遊んでいた位置は、道路南側の端から北方に約一米であつた。)

5  鈴木が喜八の自転車の左側を追い越せるものと考え、僅に把手を左に転じただけで同一速度で進行したが、追越の際に加害車の運転台右側扉を喜八の自転車の左把手に接触させ同人を自転車もろとも転倒させ、加害者の右後車輪で同人を轢過したこと。

以上のとおりであつて、<中略>他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、鈴木が前示のような状況で加害車を運転しそのまま進行し、喜八の自転車を追い越すときは、右自転車の左側児童等と約三米の間を通り抜けることとなり、加害車の車幅が二、二六米あるところからして、鈴木が児童等との接触を避けようとすればいきおい喜八の自転車との間に接触の惧れがない程度に充分の間隔がとれないこととなり、右自転車と接触し、事故が発生する危険が極めて高い状況であつたといえる。かかる場合に自動車運転者としては、右危険を考慮してただちに徐行し、警音器を吹鳴して喜八に対し追越の合図をするとともに喜八の自転車が児童等の側方を通過し右自転車との間に接触の惧れがない程度に充分の間隔がとれるようになるのをまつてはじめて自転車を追い越し事故の発生を未然に防止すべき義務があることは明らかといわねばならない。しかるに、鈴木はこのような危険を顧慮することなく右注意義務を怠り漫然前示のとおり喜八の自転車の左側方を追い越し、その際に加害車の運転台右側扉を右自転車の把手に接触させて本件事故を惹起させたものであるということができる。以上のとおり、本件事故は、加害車の運転者たる鈴木の運転上の過失によつて惹起されたものであると認められるから、爾余の点について判断するまでもなく被告のこの点の抗弁は理由がないものといわねばならない。

四、つぎに、被告の仮定抗弁(和解成立の主張)について判断する。

原告等が被告会社から金一五万円の支払を受けたことは当事者に争がなく、<証拠―省略>を総合すれば

1 喜八の葬儀が昭和三四年二月一一日行なわれ、その翌一二日午前中被告会社会津若松支店長鈴木卯兵衛の求めにより訴外三星徳丸(喜八の実兄)、同渡部力(原告ノブヲの実兄)が原告等の代理人として本件事故による損害賠償の和解交渉のため右支店に赴き、右支店長及び同支店庶務課庶務係長訴外笠原勇と話し合い、右支店長がまず給付をうけることができるはずの自動車損害賠償保険金三〇万円の外に被告会社から原告等に対し示談金一〇万円を支払うことを提案したのに対し、原告等代理人等が喜八の葬儀費用等に約金七万円を要したことを訴えて示談金一五万円の支払を要求し、これを右支店長等においてうけいれ、一応和解案の内容が取り決められたこと。

2 その際、原告等の将来の生活の目途に話が及んで、原告ノブヲが家業の薪炭業をうけついで生計をたてて行かねばならない苦労のほどが察せられたので、右支店長等が会津若松支店及びその従業員等が使用する木炭を、将来右原告から取り纏めて買い入れ、原告等の生活を援助するよう配慮する旨申し出があつたこと。

3 原告等代理人等が被害者宅に戻り、原告ノブヲ及び近親者等に対し前記話し合いの結果を諮つたが誰一人異議をさしはさむ者もなく諒承されたこと。

4  そこで、三星徳丸が右支店に電話を掛けて、徳丸等の帰宅前に示談金一五万円を持参して来訪することを求め、笠原が同日午後四時頃右金額の小切手一通及び予め所要事項をタイプライターで記入した領収書(乙第一号証)用紙を持参して被害者宅に赴き、右小切手を三星徳丸に手交し、右領収書用紙の原告ノブヲ名下に同人の印鑑の押捺を得たこと。

5  笠原が右支店において文案作成に手間どり当日示談書を持参することができなかつたので、三星徳丸に対し示談書作成のため同月一九日に右支店に来訪することを要請し承諾を得たこと。

6  ところが同月一五日、被害者の近親者等数名が笠原宅に赴き同人の妻に対し事故の状況が笠原の説明したところとは相違すると云い置いて帰り、同日午後三時頃、帰宅した笠原が妻から右事実を聞いて早速被害者宅に赴いたところ渡部信江外被害者の近親者六、七名(三星徳丸は居合わせなかつた)がいて、同人等と笠原との間に事故の状況について論議があつた後、被害者の近親者等が、木炭売買取引は前記和解の内容であつて会津若松支店が法律上の履行義務を負うものであるのか、或いは単に右支店が好意上取引に応じるにすぎないものであるかを問い訊し、笠原が好意にもとづくものである旨述べたところ、右近親者等はこれを納得せず、木炭売買取引を和解内容として示談書に明記することを要求し、笠原は自己の一存では右要求に応じることができない旨述べ、物別れとなつたこと。

以上の事実が認められ、証人(省略)の証言及び原告三星ノブヲ本人尋問の結果中右認定に反する供述部分、特に、木炭売買取引契約が和解の内容である旨の供述部分は、つぎに認定する事実から容易く措信することができない。すなわち、

(イ)  右証人等は、木炭売買取引の数量が年間会津若松支店分一、〇〇〇俵、同従業員分一、〇〇〇俵合計二、〇〇〇俵であると供述するが、証人笠原勇、同鈴木卯兵衛の各証言によれば右支店及びその従業員等の年間の木炭使用量は到底右数量に達しないことが認められ、この事実に原告三星ノブヲ本人尋問の結果中「三星徳丸及び渡部力から、会津若松支店が木炭を買つて呉れる、葬儀費用を含めて一五万円を支払う、と云われた。その時の私の気持は、炭をいくら買つて呉れるものやら、一五万円貰つても子供三人を抱えて将来どうして暮して行こうかと悲しみにくれ、茫然としていた。」との供述部分を考え合わせると木炭の取引数量が年間二、〇〇〇俵と定められたとの心証を得るに至らないこと。

(ロ)  木炭売買取引を和解の内容とするならば、原告等にとつては示談金が一〇万円となるか一五万円となるかなどとは較べようもない程度に重要な事項であることは疑の余地がないところといえる。従つて、銘柄、価格、取引数量、期間等の点について充分検討されなければ和解の成否を決定することができないと思われるのに右の点について検討がされた形跡を窺うに足る証拠はなく、しかも、前示のとおり、三星徳丸および渡部力が会津若松支店における話し合いの結果を諮た後、即日、右支店に対し示談金を持参するよう連絡したこと及び却つてこの点について証人渡部力の証言中示談金受領後渡部信江からはじめて右の点について問い訊された旨の供述が存在すること。

(ハ)  証人(省略)の証言中、被害者の近親者等が笠原から金額一五万円の小切手で示談金の支払を受け同人に対し領収書を手交した後、その直後であるか、当日以後においてか詳かでないが、取引数量を年間二、〇〇〇俵として木炭売買取引契約を示談書に明記するよう要求したところ、同人に拒絶され、その後交渉を続けたが会津若松支店長等は、口約束であつても薄情な仕打ちはしない、好意にもとづいて必要量の木炭を買い入れることで納得して貰いたいという程度で、右要求をうけいれる態度がなかつた旨の供述部分が存在するが、若し、右供述のとおりであるとするならば、右示談金とは比べようもない程重要な事項である木炭売買買取引について合意に達していないにも拘らず原告等が示談金を受けたこととなり不審に堪えないし、(此の点についての原告等の弁疏を認めるに足る証拠はない)、特段の事情がない限り即座に右小切手を返還し態度を明らかにすべきであつたと思われるのに何等の措置がとられなかつたこと。

(ニ)  証人渡部信江の証言によれば、その後、原告等が被告を相手方として福島地方裁判所会津若松支部に本件事故による損害賠償請求調停事件を申し立て、渡部信江が原告等の代理人として期日に出頭したが、第二回期日において相手方から更に金一〇万円を支払うとの提案が出たのに対し、金一五万円の支払を要求したが、原告等が木炭売買取引を和解の内容としなければならない程度に重視していたとするならば右要求が過少であると思われないでもなく、辻褄が合わない感を否みがたいこと(右調停は結局不調となつた)。

要するに、右認定の事実を合わせ考えると原告等が援用する証人(省略)の各証言及び原告三星ノブヲ本人尋問の結果中この点に関する供述部分は到底真実に合致するものであるとの心証を形成せしめるに足りない。原告等代理人等に原告等が主張するような事情があつたと仮定してみても右の結論を異にしないし、証人渡部信江の証言中、同人が笠原に対し小切手がどのような趣旨のものであるかを訊したところ笠原が内金五万円が香奠で、内金一〇万円が葬式費用であると説明した、木炭売買取引の件がまとまらないならば右小切手を戻すと申し出たところ笠原が仏前に供えたものであるからその必要がないと述べた旨の供述部分は前認定に照らし措信することができないから同様右の結論を左右するものではない。

前認定の事実によれば、昭和三四年二月一二日、原告等代理人三星徳丸、同渡部力と被告会社会津若松支店長等との間に被告主張のとおりの内容で和解が成立し、被告が原告等に対し右和解にもとづき即日示談金一五万円を支払つたこと、しかも原告三星ノブヲの供述によれば、原告等は被告の協力をえて右和解の定のとおり金三〇万円の自動車損害賠償責任保険の保険金を昭和三四年八、九月頃受領したことが認められるから被告の和解成立の抗弁は理由があるものということができる。

五、原告等は、錯誤を事由として右和解の無効を主張するが、前認定のとおり、原告等代理人等は木炭取引のことは会津若松支店の好意に期待することで諒承し、木炭売買取引を和解の内容とする意思があつたとは認められないから右和解が同人等の錯誤にもとづき成立せしめられたものとは到底認められず、他にこの点に関する原告等の主張事実を認めるに足る証拠は何もない。この点に関する原告等の再抗弁は理由がない。

六、つぎに、原告等は、右和解の成立、内容が信義誠実の原則に反することを理由として無効を主張するのでこの点について判断する。

原告ノブヲが夫喜八の不慮の死亡によつて茫然自失の状態にあつたであろうことは容易に推測できるが、原告等代理人等を含めた近親者等までが全く同様の状態にあつたものとは考えられず前認定のとおり近親者等が多数集りその中から、特に、右和解締結のため選ばれた三星徳丸と渡部力とが折衝の任に当り、更に会津若松支店長等との話し合いの結果を被害者宅にもちかえり近親者一同に諮り諒承を求めているのであつて、原告側でこの交渉の任に当つた者は親戚間でも最も重要の地位にあつた者であつたし、その交渉の順序、話合妥結の経緯に照し、運び方は妥当なものであつたといえるのであるから右支店長等が原告等代理人等の無知窮迫に乗じたと認めることは到底困難である。又、証人<省略>の各証言によれば右支店長等には和解契約の履行ではないけれども、その言明どおり、原告ノブヲとの間に木炭売買取引をする意思あることが充分に認められるから右支店長等が原告等主張のような術策を弄したとも考えられない<中略>。もとより、右和解自体によつては、原告等が自動車損害賠償保険金以外に示談金一五万円の損害賠償を得るにとどまり、右和解が原告等の将来の生活にいくばくのたよりとなるものとも思われないが、仮令、和解の内容とされず右支店の好意に依存するにすぎないものとはいえ、同支店との間に木炭売買取引が期待できるならば、原告ノブヲが右取引によつて相当程度の収益を挙げることができるものと推測でき、事実、前示のとおり同支店が木炭売買取引に応じる意向を有していたのであるから右期待があつたといえる。このような事情を考慮するならば、右和解が一概に原告のため苛酷な内容のもので公平と正義に反するものであると断定することもできない。従つて、右和解は、その成立、内容において信義誠実の原則に反したものと認めるに足りず、この点に関する原告等の再抗弁も理由がないものといわざるを得ない。

七、以上説示のとおり、原告等と被告間に、本件事故による損害賠償について被告主張のとおりの内容で和解が成立し権利関係が確定し、被告は原告等に対し右和解にもとづき示談金一五万円の支払をし、更にその後保険金三〇万円をうけさせ、これによつて和解契約の条件を総て履行したものであるといえるから、原告等が被告に対し本件事故による損害賠償義務の履行を求めるため請求趣旨記載の各金員の支払を求める本訴請求は理由がないものとして棄却を免れず、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第二七部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 高 瀬 秀 雄

裁判官羽石大は転任につき署名捺印することができない。

裁判長裁判官 小 川 善 吉

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